補聴器とスマートフォン

私達の暮らしに不可欠な存在となったスマートフォン。本来の目的な音声通話だけでなくSNS、音楽動画視聴から銀行振込などの金融決済、本人確認など様々な用途に使われています。

そしてスマートフォンは無線通信技術Bluetoothを介してパソコン、音楽プレイヤー、カーナビ、ゲーム機、スマートウォッチ、体重計、歯ブラシなど様々な機器と連携しスマホを中心としたネットワークを形成しています。

そのスマートフォンを中心としたワイヤレスネットワークの中に補聴器がその利便性向上のため組み込まれるのは必然でした。

現在ではスマートフォンの音楽を補聴器で聞いたり、ハンズフリーで通話できたりすることが可能ですし、スマホのアプリ上からボリュームやプログラムを簡単にコントロールすることができるようになっています。

Bluetooth LE Audioに対応する補聴器、GNヒアリングの補聴器リサウンド・ネクシアが発売

先日GNリサウンドが新補聴器リサウンド・ネクシアを発表しました。

最初は「また新しいモデル出たんだ」という印象だったのですが、私自身がガジェット好きであり、かつ認定補聴器技能者として注目したのはこの補聴器がBluetooth LE Audio対応しているということです。

昨年末にはパナソニック補聴器がBluetooth LE Audio対応の補聴器を発表しており、世界5大メーカー(ソノヴァ・オーティコン・シグニア・ワイデックス・GNリサウンド)の一角でもあるGNリサウンドがBluetooth LE Audioに対応した補聴器を市場に投入したことは補聴器業界で新しい潮流が生まれていると感じています。

Bluetoothの標準化団体であるBluetooth SIGの代表もインタビューで「補聴器のための低消費通信がLE Audioの始まりだった」と発言しており(参考記事 LE Audioの始まりは補聴器に向けた低消費電力通信、Bluetooth SIGのキーマンに聞く)今後他の補聴器メーカーもBluetooth LE Audioに対応した補聴器を発売していくと思います。

補聴器のBluetooth LE Audio対応の意味

Bluetooth LE Audioへの補聴器対応がなぜ補聴器の歴史とあり方を変えると私が思うのかについて3つのポイントを挙げてみました。

ポイント1 :新標準コーデック「LC3」による高音質・低遅延・低消費電力

Bluetooth LE Audioより前のBluetooth Classic Audioでは標準コーデック(音楽を圧縮して飛ばす仕組み)にSBCというものを使っていました。

いままで実質的に唯一アンドロイドスマホでストリーミングできるフォナックの補聴器もこのSBCコーデックで通信を行っていましたが遅延が100~200msと大きくリズムゲームなどはできない、大きな駅など人が多いところでは音声が途切れる、バッテリーの消耗が激しいなどのデメリットがありました。

しかしBluetooth LE Audioの基本コーデックLC3(Low Complexity Communications Codec)はSBCよりも高音質・低遅延(20~50ms)・低消費電力で通信可能ですのでより補聴器を装着したまま、より快適で高品質な音楽やゲームの楽しみ方が実現するでしょう。

ポイント2 :スマホと補聴器の接続規格がシンプルでわかりやすく

2024年現在補聴器とスマホの連携はユーザーに大きなメリットがあるにも関わらず、残念ながら普及しているとはいえません。

その要因はスマホと補聴器の接続規格がわかりにくいことにあります。

iPhoneにはMFI(Made for iPhone)という補聴器用接続規格があり、こちらはiPhone自体Appleのみが販売しており機種も限られているので問題ありません。

しかしアンドロイドスマホの場合、補聴器用接続規格ASHA(Audio Streaming for Hearing Aids)があるものの、スマホメーカーが複数ありそれぞれのメーカーが多数の機種を出しているため、補聴器メーカー側での検証は実質行われておらず、スマホメーカー側の情報発信も消極的で実際にスマートフォンを購入して繋いでみないと判らない、という補聴器ユーザーに優しくない状況になっています。

そのため当店ではアンドロイドスマホで補聴器とのストリーミング接続とハンズフリーフォンなどをご希望のお客様にはASHAを使わずメーカー独自規格を使い「らくらくホン」も含めてほぼすべてのスマホに接続できるフォナックの補聴器をお勧めしてきました。

しかし補聴器側でBluetooth LE Audioで対応されれば、スマホ側がBluetooth 5.2以上Android13以上を満たしていれば補聴器メーカーやスマホ機種問わず補聴器とスマホの連携ができるようになりわかりやすくなることが期待されます。

なによりBluetooth LE Audioは補聴器専用のよりASHAやMFIのような特定のスマートフォンと補聴器のみに適用されるような狭い規格ではなくパソコンやオーディオ製品、テレビなどあらゆるものにユニバーサルな規格であるため、自分の使っている補聴器がスマホに繋がるか実際に試してみないとわからないようなことはなくなるでしょう。

ポイント3 :ロジャーなど既存の補聴システムが過去のものに?「Auracast(オーラキャスト)」のデジタルワイヤレス補聴システムとしての可能性

ロジャーとは補聴器メーカーのフォナックが展開している、話し手が使用する「送信機(ワイヤレスマイクロホン)」と、聞き手が使用する「受信機」で構成されるデジタルワイヤレス補聴システムです。複数の受信機に同時に音声を届けられる上、フォナック社の以外の補聴器も含め別途小型のオーディオシューを取り付けることで補聴器を受信機として使用でき、マーベル以降のフォナックの補聴器ではオーディオシューすら必要ありません。

高音質、低雑音ということもあり現在では学校での活動、職場での会議、イベント会場やレストランで利用されています。

その一方でロジャー導入の最大の障壁としてオーディオシューだけで一台10万円以上という高額な費用があります。(障害者手帳の有無や自治体によりロジャー購入に補助が出る場合もあります)

そのため導入もなかなか進んでいかない状況です。

しかしBluetooth LE Audioに内包されたAuracast(オーラキャスト)という技術はこうした状況を一変させることが期待されています。

AuracastはBluetoothの範囲内にある補聴器を含むすべてのAuracast受信機へ、近くにあるマイクやスマホなどの送信機からのAuracast放送に何人でも参加することができる仕組みです。

Auracastが普及すればBluetooth LE Audioに対応した補聴器さえあれば、ロジャーはもちろん、それ以前のFM補聴システム、テレコイルも含め高額な専用機材を使うことなしに、民生品のマイクやスマホから高音質かつ低コストで音声を多くの人へ届けることができるようになります。

学校や会議室、博物館や美術館、駅などの交通機関など公共施設にAuracast送信機が当たり前に設置される時が来るかもしれません。

以上の3つポイントを考えると、Bluetooth LE Audio対応補聴器は、補聴器そのもの利便性向上だけでなく、補聴支援全体の進化を牽引する可能性を秘めています。

まとめ 補聴器技術の進化とBluetooth LE Audio

この度Bluetooth LE AudioそしてAuracastに対応した補聴器であるリサウンド・ネクシアが発売され、今後各社も追随すると思われます。

ただまだ始まったばかりの技術でそのメリットを十分に感じることができるのはもう少し先になりそうです。

新しい技術が普及するには、デバイスやプラットフォームとの互換性が重要です。まだ始まったばかりの技術であり、現時点では様々な機器やソフトウェアの対応が追いついていない面があります。

例えばスマートフォン側の対応条件としてBluetooth5.2以上かつAndroid13以上が挙げられています。

私が使っているスマートフォンXiaomi 11TはBluetooth5.2、Android14で条件を満たしているにもかかわらず、先日GNヒアリングの営業さんが持ってきたリサウンド・ネクシアと接続しストリーミングはできたもののBluetooth LE Audioの標準コーデック「LC3」では接続できませんでした。

Xiaomi 11Tの開発者画面で確認してみるとXiaomi 11TではLE Audio が有効にできないことが原因のようで、今後のアップデートで改善されるのではないかと期待していますがまだ少し時間がかかりそうです。

シャオミ11Tの開発者画面のスクリーンショット
Bluetooth LE Audioの項目はまだ黒塗りで有効化できない。

Bluetooth LE Audioに関する情報を私なりに色々調べてみましたが、ワイヤレスイヤホン、オーディオ関連の記事が主体で補聴システムや補聴器に関する情報はまだ少なく、まだまだ不透明な部分も多いです。

またスマートフォン側に要求されるBluetooth5.2、Android13以上という条件は2021年以降のミドルクラス以上(Snapdragon695搭載機以上)のスマホではないと対応していないのも、スマートフォンの買い替えスパンが長期化している昨今では早期普及へのネックとなるでしょう。

ただBluetooth規格を開発する団体であるBluetooth SIGも補聴器への対応をかなり重要視しているようですし、Bluetooth LE Audio自体が今後普及することが間違いないユニバーサルな規格ですので、ASHAのときのような普及率の低さにはならないでしょう。

近い将来Bluetooth LE Audioとオーラキャストが補聴器ユーザーにとって利便性向上をもたらし、生活を豊かにすることを期待していますし、今後も補聴器技術者として情報提供していけたらと考えています。

Bluetooth SIGのスライド
LC3、複数人へのストリーム、放送機能と並んで補聴器への対応が重視されている


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